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27.年末年始の日本文化

その他

うちの実家は年中行事をかなり大事にする家です。
 
未だに両親から、様々な行事にまつわる画像や動画が送られてきます。
 
クリスマス目前の今、実家のリビングには立派なクリスマスリースが飾られていますし、玄関には私が幼稚園の頃に作ったオーナメントが飾られていることでしょう。
 
毎年食べもしないお餅を袋買いするくらいなので(「22.貰ったお餅は防御バフ」参照)、今年のお正月も何かしらの餅を飾るでしょうし、玄関のサンタはじきに招き猫に変わります。
 
それが終わると節分です。
 
鬼のお面をつけた父親が枡を片手に豆を部屋に撒く動画を毎年観せられている30代独身は、日本にどれくらいいるのでしょうか。
 
両親の仲がいいことは何よりだと思いますが、少なくとも私の周りで同様の事象は確認されていません。
 
子どもが巣立ってからも公共施設のごとく季節を楽しむ両親というのは、今の時代に珍しいのではないでしょうか。
 
しかし自分が大人になってみると、幼少期に受けた教養とはまさにあれだったのだと感じることがあるのです。
 
 
 
 
年末には大掃除を行い、家中全てのものを磨き上げ、お墓参りをします。
 
鏡餅の支度は子どもたちの役目でもあったため、学校で使う半紙を提供して得意げにしていました。
 
昆布やら葉っぱ(裏白)は毎回飾っており、ときにはスルメや串柿を飾った年もありました。
 
地域によって色々違うのだと知ったのは最近のことです。
 
大晦日は家族で紅白歌合戦を観て、除夜の鐘を聞きながら年越し蕎麦を食べます。
 
そして就寝し、目が覚めると別世界が訪れるのです。
 
 
 
 
お雑煮の匂い漂う食卓で「あけましておめでとうございます」と少し気取った挨拶をし、お年玉を受け取ります。
 
それから立派な漆器に入ったお屠蘇を注ぎます。
 
順番は年長者より家長が優先されていました。
 
下戸の父親の大きな器に3度お酒を注いだことを、よく覚えています。
 
子ども心に、私と父親にとってはつまらない風習だなと毎年思っていました。
 
お屠蘇用に購入される氷砂糖が、後日子どもたちに下賜されることだけが楽しみでした。
 
この儀式をクリアすると、朝食です。
 
普段、朝は菓子パンしか食べない私とにとって、お雑煮もなかなかの強敵でした。
 
朝から和食を食べることも、お餅を食べることも、私にとっては全く嬉しくないことだったのです。
 
金箔で“寿”と書かれた箸袋に入った使い捨ての箸で、文句たらたら食べていた記憶があります。
 
ちなみに苦手なものが入っている父のために、母は別の鍋で父用のお雑煮を作っていました。
 
そうまでして地域伝統のお雑煮を子に食べさせていた母の文化を守る姿勢は、私には真似できません。
 
 
 
 
しかし、そんな母の努力の甲斐あって私は今、お雑煮の中身を知っています。
 
鏡餅に何がのっているかも知っています。
 
家の外の澄んだ空気の中、飾られていた国旗や門松、大きなしめ縄の存在を知っています。
 
車にもしめ縄を飾っていたこと。
 
初詣で破魔矢を授与してもらうこと。
 
帰り道で福袋を買って、サーティーワンでアイスを買って、帰宅したらこたつで家族の年賀状を仕分けして、テレビを観ながらみかんを食べること。
 
知識ではなく教養としてこれらを知っていることは、私の貴重な財産だと思うのです。
 
私には誰かに受け継ごうという意思も予定もなく、それは誠に恐縮なのですが……
 
幼少期に日本文化に肩まで浸かっていた経験は、お金では買えないものです。
 
文化を大切にしたいと口にする大人たちの気持ちが、少しだけわかったような気がしています。
 
 
 
 
移りゆくものもまた文化、とも思うんですけどね。

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