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8.言わぬが花の共通認識

推し活

推し活について記事を書くとき、なるべくジャンル名を出さないように気を使っているところがあります。
 
ジャンルのイメージやキャラのイメージってすごく強いと思うし。
 
そのジャンルの人が嫌な思いをするかもしれないし。
 
私の主張が、〇〇推しの主張みたいに捉えられるのも嫌だし。
 
資産形成進捗が万が一フォロワーさんにバレると微妙かなと思うので。
 
でも一応、推し活と切っても切れないやどかりなので、推し活について色々話したいことがあるのですが……
 
何を言っても炎上しそう。
 
 
 
 
私は、「どんな考えの人も楽しめたらいいんじゃない?」というスタンスが強めの推し活民です。
 
推し活において、かりずまいでおすすめしているマインドもだいたいそんな感じ。
 
でも世の中には、「こういう考えの人は〇〇推しとは言えない」とか、「公式のやることは全て肯定すべき」、「供給されたものは全て把握すべき」みたいな人もいて。
 
docomoにブチ切れながら5年以上docomoユーザーであるようなことは、推し活においてはあんまし受け入れられない現実があったりします。
 
どう考えるかとか、どの程度受け入れるかとか、どれくらい追いかけるかなんて人それぞれだと思うんだけど。
 
「じゃあ、〇〇推しとして発言しないでほしい」とか言われてしまう。
 
誰かが嫌な思いをするからというのもわからなくもない。
 
でも、内容によっては捉え方次第なこともあったりして。
 
コンテンツが嫌になって離れると言うよりも、コンテンツとの距離感を誰かに否定されて離れる人が少なからずいると感じています。
 
 
 
 
推し活というのはどこまでも際限なく極められるものだし、反対に、広告だけを見て好きだと感じるくらいライトな関係だって存在する。
 
そのどこに線を引くかは、人それぞれ。
 
「〇〇推しなら〇〇じゃないと」という共通認識が生まれることに妥当性があったとしても、法律みたいに明確な正解が存在しない限り絶対じゃない。
 
プリキュアを一度も見たことがない子どもがプリキュアごっこをしたって、きっと誰も怒らないのに。
 
大人の推し活には、同じ志でないと許されない空気があるのは仕方ないのかな。
 
 
 
 
「貴方と違う考えを持つ人に出会ったとき、その人の考えが貴方の信念を否定するものであったとしても、“間違っている”というわけではないんだよ」
 
これは、かなりうろ覚えだから全然違うかもしれないんですけど、昔読んだ本に書いてあった台詞です。
 
そこへいくと、私の感じているもやもやも仕方のないものになってしまうのだけど。
 
攻撃的なやりとりをタイムラインで開催されると、めんどくさいなぁと思ってしまうのです。

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