〜退屈な授業が劇変した日。「人はいつでも変われる」という希望の記憶〜
学生時代、先生と生徒は大人と子どもとして明確に分けられていて、自分たちとは全く異なる存在だと感じていませんでしたか?
私はそうでした。
どんなに経験を共有しても先生は先生という確立された存在で、自分たちとの関わりの中で変化するものではないと思っていました。
だから安心して「〇〇先生はああだ」「〇〇先生の授業はこうだ」と子どもながらに評価し、好んだり嫌ったりしていたのです。
私が高校1年生のとき。
化学の授業は20~30代くらいの女の先生が担当していました。
先生はいつもピシッとしたジャケットにシワのないタイトスカートとヒールの細い靴を履いていて、派手と言うほどではないけれど決して大人しくはないメイクを欠かしませんでした。
肩まで真っ直ぐに降りた髪を時折掻き上げながら教科書を読む姿は、いかにも仕事ができますといった雰囲気で隙がなく、先生の授業でふざける生徒はいなかったように思います。
ただ、壊滅的に授業がつまらなかった。
開始数分でクラスの1/3がウトウトし始めるほど、つまらなかった。
何度起こされても、叱られても、意識を保つのが困難で、クラス委員ですら居眠りを注意される状況でした。
当然、一学期の試験結果はどのクラスも芳しくなく、テスト返却では先生が心なしか落ち込んでいるように見えた記憶があります。
そんなある日のこと。
いつも颯爽と開く教室の戸が中途半端に開けられて、ガチャンと音を立てました。
見ると、先生が両手で何かを抱えたまま体を捩じ込むようにして入ってきます。
そして、試験管の大量に並んだ試験管ラックと腕に引っ掛けていた大きな紙袋をドンと教壇に置き、私たちに向き直りました。
クラス委員の号令で授業が始まると、先生は紙袋からバケツなどの道具を取り出します。
そして、「今日は炎色反応をみんなに見せたいと思って」と説明もそこそこに金属を燃やし始めました。
普段過ごしている教室の教壇で色とりどりの炎を見せられ、私たちは全員目が釘付けになったことをよく覚えています。
何よりも、これまでずっと塾のサテライト授業のような教科書通りで型通りの授業しかしてこなかった先生が、突然その枠をぶっ壊して違うことをやり始めたことに驚いたのです。
教職という権威ある大人が自分のやり方を変え、子どもを叱ったり罰を与える以外の方法で目的を果たそうとするというのを初めて目の当たりにしたと感じました。
否、実際は私たちに関わってきた大人たちはみんなそうだったのでしょう。
みんな大なり小なり工夫して、生徒たちのやる気や能力を引き出してくれていたはずです。
ですが、“授業”というのは大人が積み上げてきた仕事の“完成品”です。
それに、その先生は新任や中途採用で他所から来たばかりの人ではなく、その学校で何年も教鞭をとってきた方です。
そんな人が自分の教えたい内容を子どもに届けるために、その“完成品”を全く違う形にしてしまうというのは、なかなかできることではないのではないでしょうか。
その日以来、先生は教室に様々な実験器具を持ち込んだり、化学にまつわる雑談を挟んだりしながら授業を進めるようになりました。
時々、旦那さんの話やお子さんの話など化学とは全く関係のない雑談も聞くことができました。
次第に生徒たちからも質問や雑談の声が上がるようになり、恋愛相談をする生徒まで現れ、学年が変わる頃には当初の余所余所しい空気はすっかりなくなっていました。
当時の私は色々なことで頭を悩ませていたので、『人は大人になってもこんなに変われるんだ』と希望をもらったような気持ちでした。
だから、人生で腐ったり捻くれたりしていたときでも「人はいつでも変われる」とか「今日が人生で一番若い日」なんて言葉がすんなりと入ってきたのだと思います。
肝心の化学の成績は、あんまし上がらなかったんですけどね。
それよりも大事なことを教えてもらったと思っています。


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