~間接的な猫体験と未来の命を巡るリアルな葛藤~
記念すべきにゃんにゃんにゃん回目、ということで今回は猫の話をしていきたいと思います。
私のこれまでの人生に、猫はそれなりに登場してきました。
しかし、全て直接ではなく間接的なものでした。
祖母が大の猫嫌いだったのです。
まあ犬も嫌いだったので猫だから嫌いというわけではなかったと思うのですが、実家周辺に出没した猫は全て追い払われていました。
どうも祖母は、私が猫と関わること自体を良く思っていなかったようでした。
私が犬派として生きることになったのも、無理からぬことだったと思います。
しかし、幼少期に仲の良かった友人は大の猫好きでした。
彼女がというより、彼女の家族が、だったのかもしれませんが。
住宅街に構えた一軒家は紛うことなき猫屋敷でした。
玄関のドアを開けると何匹もの猫に出迎えられ、部屋でくつろいでいると人の何倍もの猫が顔を見せに来るのです。
テレビの裏や炬燵の中、戸棚の裏などありとあらゆるところから猫が飛び出してくるのも茶飯事でした。
また公園に行く際は、外に出ると帰ってこなくなる猫ちゃんが周囲に居ないか確認してからドアを開ける文化もありました。
時代なのか土地柄なのか基本的には放し飼いだったので、家の周辺で遊んでいるときに友人宅の猫たちに遭遇することも。
おかげさまで、私は猫を飼ったことも捨て猫や保護猫に関わったことも無かったのに、濃い目の猫ライフを頻繁に体験することができました。
月日は流れ、上京してからはおそらく1度も猫に触れる機会が無いまま過ごしているのですが…………。
仕事関係で猫絡みのトラブルがあったり、バイト先で野良猫問題に悩まされたり。
姿は殆ど見ていないのに、存在感だけは常にビシビシ感じています。
あんましいい関係ではないはずなのに嫌いにならないのは、幼少期にしこたま関わらせてもらえたおかげかもしれません。
最近では、猫を飼っている同僚がペットカメラを購入し頻繁に見せてくれるので、私まで猫を飼っていると錯覚するようになってきました。
でも実際に猫と暮らすのは、私には難しいなと思っています。
私は推しグッズやインテリアもそれなりに楽しみたい人種ですし、自室で遭遇する虫が非常に苦手です。
(外で遭遇する虫は直に触れなければどうでもいい)
それだけでも生き物を飼うのに適していないのに、最期の看取りについても色々と考えてしまいます。
延命のためと言われると大金をつぎ込んでしまうかも知れないし、逆に自分が“意志を失ってまで生きたくない”タイプなので早々に見送ってしまうかもしれません。
介護の段階で仕事を辞めてしまう可能性もあります。
いずれにしても、私のエゴです。
それに他人もとへ他猫を付き合わせる自信は、私にはまだないのです。
でも、どっちが先に逝くかわからないくらいおばあちゃんになってから飼うとなると、自分が先だったときに猫が可哀想ですよね。
そうなるとハムスターなどの方が、お互いの生涯設計が立てやすいのかもしれません。
おばあちゃんなら自分の温度管理も必要なので、ハムスターや鳥なんかが居てくれると室内環境を客観視できるでしょうし。
ただ小まめな掃除が老体にとってどれくらい大変かですよね。
う~ん…………これはもう、ねこあつめかなあ……。
222.猫の話
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