〜「箱のネズミ」から「ウェルビーイング」へ。時代と自分がシンクロする知の歴史〜
私は高校生の頃、放課後に部活を休んで図書館にこもっていた時期がありました。
必要以上に思い悩んで悲観的な考えに囚われるのは、学生時代にありがちなことではないでしょうか。
例に漏れず、そんな絶望に見舞われた当時の私は、毎日のように図書館で心理学に関する新書を読み漁っていました。
フロイト、ユング、スキナー、パブロフ──超自我の楕円や箱に入れられたネズミの図は、何度目にしたかわかりません。
“24人のビリー・ミリガン”も、そのものだったかそれに纏わる本だったか定かではありませんが、手に取った記憶があります。
当時の私にとって、自分でも推し量れない心の動きや感情の原点を知ることは大変興味深いものでした。
しかし、それと同時に心理学は暗い気持ちに拍車をかけるものでもありました。
心を病んで精神病棟に拘束される者や、犯罪に手を染める者、社会から孤立していく存在を知るたび無意識に自分と重ねてしまいます。
物語の登場人物としてではなく、2枚の紙を重ねて光に透かすように。
それで、『自分は違う』と安心したり、『ならばこの感情は何だ』と不安になったり。
心理学の本を読み漁ることは、さながら舞台照明に使われるカラースポットライトのフィルムをカラカラと回すようで、中毒性のある刺激となっていたように思います。
知識も経験も社会性も乏しい未熟な学生が、興味本位で読むようなものではなかったのかもしれません。
それから、書店や古本屋で手に取った心理学に関する本は行動心理学が中心でした。
「人は嘘をつくときに鼻を触る」とか、「性別による足を組むときの心理とは?」といったものです。
その頃の私には、『他人の隠している心理を暴いてやりたい』という気持ちが大なり小なりあったのだと思います。
近年、これらの行動と心の動きの関連性は統計的に認められないと言われているようなんですけどね。
当時はそれはもう楽しくて、結局対人ではなく同人小説に盛り込まれていきました。
その結果、台詞ではなく体の動きや情景でばかり心情を表すという非常に伝わりにくいお話を量産。
多分、読んでくれた誰よりも自分が一番楽しんでいました。
そして、資産形成を始めてから。
私の興味関心が最初に吸い寄せられたのは、消費行動で損をしないための“行動経済学”でした。
よく話題に上げている、プロスペクト理論やサンクコスト効果、現状維持バイアスなどがそうです。
毎日の買い物や投資でやりがちな行動や心理について知ることで、節約・投資での失敗を防ぐ事ができると思うとアドレナリンが放出されるのを感じます。
“デザイン心理学”では、自分が普段目にしている広告で使われている技法や、ブログのアイキャッチに使えそうな小ネタを知ることができました。
また、詐欺やマルチなどに引っかからないようにと“マインドコントロール”に関する本も何冊か読みました。
営業で使える心理学を学ぶことで、逆に営業から身を守ろうと手に取ったのは“ビジネス心理学”。
そして、私はふと気づいたのです。
『最近の心理学、だいぶポジティブじゃない?』
近年発行された心理学の本には“ウェルビーイング”という言葉がよく出てきます。
これは“身体的・精神的・社会的に満たされた状態にあることを指す概念”のことで、資産形成関連の情報でも目にすることがあるかもしれません。
「お金だけじゃなくて、生きがいも大事だよ」ってやつですね。
1990年代の後半にこういった心理学が提唱されるようになったようなので、私が高校生の頃はまだ書籍が学校まで降りてきていなかったのか、私が新書コーナーばかり見ていたせいで気がつかなかったのか。
なんにしても、ここ10年から20年で世間一般の心理学の印象は大きく変わったのだと感じました。
図書館で心理学の棚を見ていると、古い本ほど“絶望の心理学”で新しい本ほど“希望の心理学”に見えてきます。
箱の中のネズミも、最近はすっかり可愛く描かれるようになりました。
何事もこうしてゆっくり大きく移り変わっていくのかもしれませんね。
191.絶望の心理学、希望の心理学
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