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196.海辺の白い家で仲間と暮らす夢

夢日記

〜解放感に満ちた「新しい拠点」と、過去の重力から完全に離脱した精神的自由〜
 
 
 
【海辺の白い家】
 
大きな窓から、とんでもなく綺麗な海が見える。
 
朝焼けのような少し霞がかった空気に、太陽の光が反射してキラキラ光っていた。
 
大きくて真っ白なベッドのある部屋から、開放的なベランダ、それから広大な海と空の境界線までが繋がっているようで。
 
身体の中を風が通り抜けるような感覚に、自然と呼吸が深くなる。
 
これから毎日これを観られるのだと思うと嬉しくなり、実家にテレビ電話で見せてやろうと思う。
 
でも、普段は使うことのないテレビ電話に実家は戸惑ったようだった。
 
 
 
 
丸く並べられた椅子の近くでテレビを見る。
 
すると、今日は海外での仕事をしている仲間が空港でふざけていて吹っ飛ぶところが映っていた。
 
私はリビングにいた仲間と顔を見合わせて、大丈夫なのだろうかと笑う。
 
 
 
 
コーラを飲みながら、みんなの帰りを待っていた。
 
ポップコーンは〇〇ちゃんが買ってきてくれる。
 
〇〇ちゃんが娘と帰ってきた。
 
〇〇ちゃんの自転車がうまく入らず、ちょうど帰ってきた別の女性と手伝ってあげた。
 
それから、テーブルで食べ始める。
 
甘いと思ったら、ポップコーンではなく様々な果物や野菜を砂糖漬けにしたものだった。
 
でもまぁ買ってきてくれたわけだし、食べれなくはないからと、私はそれを食べ続けた。
 
コーラは飲みすぎてしまったようで、残り少ない。
 
〇〇ちゃんの娘が何やらわがままを言い、〇〇ちゃんにしかられていた。
 
女性は電話をかけている。
 
〇〇ちゃんは元気がなく、旦那か親戚に娘がわがままだと責められたと話した。
 
『〇〇ちゃんはそういうところが可愛いのに』と私は思った。
 
 
 
 
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白い家と言うより、印象としてはコテージでした。
 
“とんでもなく綺麗”と記録していたのは起床時の語彙力の欠落だけでなく、夢の中でその言葉のまま『とんでもなく綺麗だ』と感じたのです。
 
自分が世界の一部になったような感じがして、部屋の中に居ながら海と空に吸い込まれるような気がしました。
 
 
 
 
驚くべきは、仕事仲間と共同生活をしていることです。
 
しかし、「59.海洋のため高層ビルに徴収される夢」でも、私は仕事仲間と同じ空間で生活をしていました。
 
仕事であれば、ある程度のプライバシーと安全が確保されていれば、私も他人と暮らすことができるのかもしれません。
 
現実は、実の親にすら“安全”と感じられていないのでなかなか難しいんですけどね。
 
 
 
 
Geminiは今回の夢を、こう評していました。
 
“あなたが「自分の幸せを確立し、さらに他者の弱さや不完全ささえも慈しむ段階」にいることを教えてくれている。”
 
うーん、そこまでの境地には至ってないと思う。
 
ですが当時、資産形成と真剣に向き合うようになったことや、積み立てを始めて半年ほどで約200万円も資産が増えたことなどを受け、視野も将来も一気に広がったと感じていたことが反映されたのかもしれません。
 
なにより、“今やれることをしっかりやっている”という安心感が、この“新しい拠点での穏やかな日常”を見せてくれたのだと思います。
 
また実家へのテレビ電話に対し親が戸惑っていたことについて、Geminiは“今のあなたが到達している精神的な高さや自由さが、彼らの想像を超えているからかもしれません”と話していました。
 
この夢を見たのは帰省前のことだったのですが、帰省を終えた今、この解釈はかなり的を射ていると感じます。

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