〜脈絡のない日常の断片から、自己防衛の「その先」にある心理を探る〜
【教室とポロシャツとキウイ色のキャンディ】
教室で2人の女性がトラブルになっていた。
私はそのうちのひとりに共感し、もうひとりに対して酷いと感じた。
だから、共感した方の人がひとりで座ろうとしたのを見て「私と同じ班にきなよ」と声をかけた。
机の並びを変えて一緒に座り、弁当を開ける。
もともと一緒にいた人のひとりは機嫌を損ねていたが、その人は笑ってくれた。
前方にある大きな画面で、2人の女の子が出てくる女児アニメを観る。
「最近ああいうのが好きだよね」と誰かが話しているのが聞こえた。
ペロペロキャンディをもらった。
家の外のベンチに座っていると、バイト先の上司が制服としてポロシャツをくれた。
定期的に欲しいと言うと承諾してくれて、「次はいつ配ろうかな。いつがいい?」と聞かれたので私は「次配られるまで」と答えた。
上司は少し笑って「次配られるまでか」と納得してくれた。
私はキウイのような色のペロペロキャンディを食べ始めた。
味もキウイの味がした。
するとおばあさんが、少し立派なスイカのペロペロキャンディを持ってきた。
隣に座っていたオタクっぽい女性がそれを受け取り、「すぐに食べなさそうだから置いといたんだけど」と困っていた。
私は自分のと交換するか聞こうとして、自分のはもう食べてしまっていることに気がついた。
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なんだこの面倒くさい夢は。
なぜこの夢をメモに残していたのか、そしてなぜこの夢を記事にしようとしたのかよくわかりません。
メモの山からサルベージした時の自分に首を傾げながら、今これを書いています。
登場人物の存在感が全員強くなく、それでいて関わる人数が多いので、人混みの中で通行人ひとりひとりと会話するような疲労感を覚えます。
唯一、この夢に出てきた上司だけは実際にバイト先の上司なので、その関係性を引きずっていたように感じました。
全体を通して、脈絡の無さやストーリーとしての中身の無さが“夢”って感じだなぁと思います。
普段、起床後に覚えている夢は物語や映画の予告編のようなものがほとんどなので、逆に新鮮かもしれません。
Geminiはこの夢に対して、このように述べていました。
“この夢は、あなたが社会的な役割(ポロシャツ)をしっかりとこなしながらも、内面では純粋な楽しみ(アニメやキャンディ)を大切にし、自分の価値観で人間関係を整えられている穏やかな状態を描いています。”
前回の「206.弟と貨物列車で移動し、空中戦を経て脱出する夢」からそんなに時間が経っていない頃の夢のはずですが、どういうことでしょうか。
自分が『こうありたい』、『こうしなければ』と考えていた理想が夢に反映されたのでしょうか。
もしかすると、『私はこう出来ている。だから幸せだ』という自己暗示のようなものだったのかもしれませんね。
ちなみに私はキウイがあまり好きではありません。
甘いキウイなら嫌いではないのですが、子どもの頃に食べたキウイが酸っぱかったからか、この歳になっても“酸っぱい”という印象が抜けないのです。
それに甘いキウイであっても、たくさん食べるとイガイガしたり、後を引く苦味のようなものが残ったりすることがありませんか?
栄養価が高い果物なので出されたら積極的に食べますが、お金を払って不快感を得るリスクは負いたくないと考えてしまいます。
みかんなら、酸っぱくても、パサパサでも、味が濃くても薄くても美味しいんですけどね。


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